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2011年1月

春は遠いが

 今日も雪が舞った。学舎は門前の雪を除雪したが、強風で吹き溜まりが出来て車がはまり込んだ。地吹雪の中スコップで雪を堀出して脱出した。猫の餌や排便の清掃、山羊と鶏の様子を見るためにはやむ得ない。
 病院に行って、それからこけし村に、宍戸コレクションの整理が間もなく終る。土湯系を整理し始めた。市が管理していた時代の館長がまとめていたのである程度は助かっているが、信用すると落とし穴がある。工人間違いや系統間違いがあるので、まとめたデーターはそのまま信用できず、一本筒づつ確認をする。寸法だけは真面目な館長だったようでごれだけは間違いがない。それだけでも助かる。
 隣の実習室では雛こけしの展示の準備をしており、午後からは宮城テレビがLIVで中継するとのことでばたばたしていた。
落ち着いてから雛こけしの工人別の写真をブログで掲載したい。今日、山形の西山村の志田菊宏工人の雛こけしが到着した。なかなかの作品なので彼に電話をして別個に送ってもらうように頼んだ。彼はこけしの工人で湯殿山神社の神主もやっている。顔が雅でいいと思う。奥さんもしかしたらう愛想のいいばあちゃん、寡黙なじいちゃん、本人でないことは確実である。額の広いのは彼風であるが
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ここだけは暖かい、誕生日プレゼントにもらった倍賞千恵子のCDを聞きながら。とりわけ『オフォーツクの舟歌』は絶品である。

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ここだけは春がやってきた。

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車が入りません

 今回は久しぶりに長期間(10日間)もふじみ野市に帰った。
 帰って直ぐに学舎へ、所が雪で中に入ることができません。群馬県のみなかみ町の除雪では、家の前などの車の入り口の雪は積上げないように除雪しているが、宮城県は単に道路の除雪するだけでその辺の配慮がない。雪に対する群馬県と宮城県の住民に対する顔の向け方かもしれない。群馬県のみなかみ町の藤原地区はここの雪に比べれば降雪量が違うのに何故と思う、なお且つ、ここの方が雪を寄せる場所があるのに、土木事務所の担当者の公務員さん考えて欲しいと思います。これが宮城県の県政の姿勢ですか。

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山本一力の世界

 山本一力のファンとしては久しぶりに深川を訪ねる事に、最初、水天宮に行って娘の為に安産のお守りを、多分持っている事だと思うが武蔵の国では水天宮は行かなければと初孫の誕生を楽しみにしている私としては出かけた。宮城に帰ったら塩竃神社から安産のお守りを送るつもりでいるが、水天宮から清澄橋を渡って清澄公園の近くにある深川下町博物館へ。途中、清澄橋では東京スカイタワーをカメラにおさめた、はじめて見たがデザイン的には中々のものだと感じつつ博物館へ。小さいながら中々面白く見せてくれる博物館で、ボランティアガイドの説明も良かった。一力さんの世界が其処にあった。永代橋の脇にあった火の見櫓、仙台堀、佐賀町、の雰囲気を味わいつつ、冬木町から富岡八幡へしかしなんとなく富岡八幡は夏の雰囲気が似合っているようだと感じつつ成田さんを巡って帰ってきた。

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 子どもの頃に読んだ岩波の絵本「小さい家」の東京版である。

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ふじみ野国際交流センター

 所用が合ったので久しぶりにふじみ野に帰った。帰った日にセンターのボランティアの集いが有るとのことだったので、常時欠席理事の私として参加をする事にした。全体的に有能なスタッフが育っている事を感じると共に、女性の元気さはいずこでも同じだと感じた。
 男性の出席もそれなりにいたが、殆どの方は定年後の地域のボランティア活動として参加しているように思えたが、真面目オーラーに近ずきがたがったのは不真面目はぐれ理事の僻みかもしれない。
 組織に浸かっていると一匹狼的能力が削がれ、水平的に見る、斜めに見る、魚眼レンズ的に見るといった力がなくなってしまうのでは、地域ボランティアは前職の役職何の価値もありませんが、スキルは生きますので定年男性頑張って下さい。

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 友里ちゃんは若く見えますが、子どもは数学の教員と大学生、彼女の日本語は公民館に出入りしていた時の急成長には驚きましたが、今は、アグネスチャン程度で止まっている様で、時々助詞に?

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絵付け指導

 昨年に引き続き今年も弥治郎こけし組合から頼まれて、くりこま高原駅の近くある志波姫小学校にこけしの絵付け指導に、東北地方の伝統産業展の前哨戦のイベントである。
 仙台のこけし工人組合から正廣さん、この人の轆轤技術はぴか一で誰もが認めている。遠刈田系の工人、同じく遠刈田系の工人として哲郎さんが出席予定であったが、病気のためピンチヒッターとして正廣さんの息子の康廣さんが同行、昨年からこけしを始めた遠刈田系のニューフェイス、そして、鳴子から賀宏さんが出席した。雪の中、正廣さんの自宅から息子さんの運転で、くりこま高原駅の「エポカ」にそして賀宏さんと落ち合い小学校へ。
 六年生の二クラス約70名を越える子ども達に四人が分担して指導する。小学校は一クラス30名を越えると、集中しない子どもが急に増える。現職中、社会科見学で子どもの説明に立ったときにも感じてきた事だが今回も例外ではなかった。この子達が全体の集中を切らすので、絵付け的には昨年の子どもより集中の度合が低かった様に感じた。先生は毎日ご苦労様です。

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 イケ面なので、イケ面のこけしが描けたのか

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 マンガが好きそうなので筆も立ったが、本番は中々思う様には行かなかったようだ。

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 私が指導したグループの子ども達の作品

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一期生が

 BS大井団の一期生が、成人の日のハッピーマンディーわ利用して、土曜日の早朝に学舎に。
 私は、彼等を向かえるために、学舎でストーブを焚き本を読んで待っていた。未明に到着した彼らと久しぶりに飲んで夜明けを向かえた。
 今年は初めての夜明けを迎えたので、私の初日の出でもある。毎日飲んだくれていたが、今日は私はこけし村にデーターの整理、彼らは白石スキー場へスキーに、渡っ子は久しぶりにおもいっきり滑ったととの事、家族を連れてのスキーは思うに任せないので良かった良かった、青春回帰で有ったに違いない。

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今日は、肘折・蔵王高湯・山形系のデーター整理をしてこけし村を出た。

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腰が痛い

 腰が痛い、二三日前からだ、年を取ってくると一週間後に出る、雪掻きの後遺症かもしれない。こけし村で寄贈こけしの新たな台帳作りをしているが、中々はかどらない、前の台帳を基本的には信用してはいけない。今日も作った工人の名前が三件ほどあった。疲れてくれるとついつい流してしまうが、疲れたら止めると言った気楽さが必要かもしれない。
 今日は、ある個人の津軽系と南部系そして木地山系をやったが、川連の高橋兵次郎・雄司親子本当に色気がある。目の表情も違うのもあるが、全体としての色気は何とも言いがたい。なで肩の竹久夢二の女性の魅力がある。今晩も雪、真夜中にえっきとわたこが午前三時ごろ来ると連絡があった。午前零時に学舎でなく鎌先に寄るように連絡したい、本人達は雪の中にテントを張るといっているが。
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手前の木も今は真っ白になっている、えっきの車では、学舎のゲートの坂が登れないかも知れない。

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五日ともなれば

 こけし村も休館日、今日は医者の診察日、混んでいると思って八時に待合室に、一番乗りであった。周平の文庫本を取り出して読む、血圧も血糖値も安定しているので、三週間毎の診察に、早く行くと待ち時間がすく無い、この時間だとホームセンターのコメリは開店していない。
図書館へ行って登録をする事を思い立った。落語家の瀧川鯉橋夫婦を、山本周五郎のファンと言う事で、原田甲斐の住んでいた船岡城址の樅の木を見に行った、その時、柴田町の図書館を利用したが、その時、まだ読んでいない山本一力の本があったので、暇があったら図書館の利用登録をと思っていた。白石は、公民館の指定管理者制度の導入が日本最初にやった社会教育後進地域であるが、図書館は直営で行っていた。カードもわが大井町のものに比べれば立派でる。但し、蔵書は少ない。それでも、一力の本は私の読んだ物は全くなく、三冊を借りてきた。そして、9時半になったのでコメリへ、注文していた醗酵鶏糞がべらぼうに安く買えたので、車に積んで学舎に、卵は寒さの中で着実に産卵、餌代を稼ぎつつ私の分まで生んでくれる。郵便局のS子さんは、この卵の美味しさが判るのか、親戚にも分けたいのでと大量注文、お断りしている、卵の君がぷりぷりしていると絶賛、但し、ゆで卵は皮が剥きにくいので、子どもがキャンプしていた時、湯で卵用は下のスーパーで購入した。
 今日は、文夫ちゃんが新聞配達の時に寄った様で、今日の新聞が置いてあった。ここ暫く猫の姿を見ていないが、文夫ちゃんの上げた餌は空になっていた。

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 流石五日ともなると、旅館の宿泊者の車は少なくなり、静かな雪景色が再び訪れるようになるのだろう。

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弥治郎こけし『こけしの初挽き』

 1月2日は、弥治郎系こけしの『こけしの初挽き祭事』の日です。昨年度雪の日の朝でしたが、今年は、陽気もよく挽き手にとって幸いすではなかったかと思います。
 全国からこけしの愛好者や鎌先温泉の宿泊者が見学に来ました。私は、こけし神輿を鎌先温泉に練歩かせる担当を、また、今年から編成を少し替えて、中学生の女の子が案内役として、その子ども達に鎌先温泉に生育する角竹(四角い竹、10月頃に新たな竹が生える)に松と千両そして輪飾りをつけて先頭を歩かせました。中学生の女の子は目立つのが好きなのでこの役を嬉々としてやっていました。少し、様になる編成になりましたが、これからも少しづつ変えながらまつりの形態を作っていこうと思っています。

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今年の初挽き工人は新山民夫君、50歳ですが独身です、何方かよいお嫁さんを紹介してください。ふるさとキャラバンの演目『兄ちゃん』見たいな真面目ゆえに女の子が引っかかりません。

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年の初めに

 いささか酔っています。弥治郎の初挽きの神事の準備、終了後は弥治郎の自治会んで直来、ままならない指先でキーボードを打っています。
 言いたいことを、私のブログにメッセージを寄せてくれている名もないあなた、多分40代の人なのだろうと思うが、あなたは自分を悲しい存在と思いませんか、いつも女とのセックスの話、そのことだけに自分の生命を掛けているのですか、ブログの文章と係りなく、あなたのアクセスは関係なく悲しいのです。あなたがそのようになったのは親のせいですか、多分、そうではないと思いますが、あなたの親はあなたをどのように育てたのですかね。
さて、年頭に思うことは、年末に会った一票の格差、小選挙区制は小澤がやった試み、考えてみれば私は大選挙区制を何故考えなかったのか、小選挙区制になって小物議員が増えた、必要なのは日本の百年二百年先を見据えた議員です。選挙人が一番少ない鳥取・島根をベースにして都道府県の議員の員数を決めれば一票の格差はなくなる。地方には都会に勝る人材が出てくることは過去の歴史を辿ればわかること。人口の多い東京から有能な政治家が輩出したとは思われない。
 今日は英雄ちゃんと飲んだ、彼も、初夏の選挙戦に立候補する。議長の時間が長いので不安を抱いている、彼は学歴としては中学卒業が最終学歴、しかし、人の魅力としては最高学府、但し、私に比べれば一寸スケベですが、ゆるせる範囲内、、自民党のバリバリであるがこだわりが無い、むしろ、隣で飲んでいる吉チャンの方が社会党に拘って滑稽である。
 酔っています、選挙区は大選挙区制に、議員定数も対応できる。今ひとつ、私は、選挙を三度棄権した物は選挙権を剥奪すべきと考える。普通選挙権を獲得すべく頑張った先陣に対する暴挙である。白票を投ずる手段もある、にもかかわらず棄権することは、選挙権を持つ能力がないとみなすべきである。
 選挙権が再度欲しくなれば、100万円を積んで再度選挙権を獲得する法律を考えるべきである。私は、息子に選挙を棄権した時に烈火のごとく怒った、歴史を学べ、如何にして選挙権を得てきたのか、学校ではそのことを教えていないのだろうか、その先生が棄権していたりして、それほどに一票の重さを知るべきなのでは、酔っています。テレビは音しか聞こえません。今一度歴史をきちっと学ぶ必要があるのではと考える一日でした。

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 こんな景色を見ていると心がクリーンになります。世の中のおかしさが・・・・・・・・

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