« 新人育成 | トップページ | 即座に救援の行動を »

通電して最初のブログ

 私はいたって元気です。鎌先温泉の住い兼こけしの売店は前に気持ち傾きましたので、居心地も悪くすずきやの女将の好意で旅館で生活をしていました。職員寮が一つ空いているので其処で生活をしたらとやさしい言葉をかけてもらい、ました。ありがたく受けようかと思っています。
地震二日目、すずきや旅館に宿泊していた陸前高田のK漁労長が「高田に帰りたい」、家族との連絡もつかない、、すずき屋の一日だけの風呂友達ですが、ガソリンが行くだけならどうにか間にあいそうなので、途中で入れれば帰ってこれるとのおもいで、仙台の四郎丸、津波被害地域の近く、そして多賀城の二人の私の母親より一つしたのおばあさんも連れて出発、仙台の長町駅で降ろしてもらえればとの言葉は、おばあちゃんの独りよがり、自分の家の方向の案内できないので、友達のもう一人のおばあさん宅へ、これも、岩切の元警部補熊さんの自宅へ行ってあばあさから事情聴取、無事に二人を届ける事が完了。後は、漁労長の自宅へ、この場合は情報がないので現地対応主義、車には二人分の寝袋、水、数日間の食糧は積んであるので、ついでにガソリンを入れるペール缶も入れて、この片は震災ボランティアをしていたので対応はお手のものである。

Dsc_1621

帰りが心配なのでガソリンを、ペール缶持参者のみ10リットルだけOKとのこと、1時間半並んで、これでどうにか白石には帰れるかもしれない。三本木町の四号線脇のガソリンスタンド。

Dsc_1645

気仙沼の端なのでどうにか道路が確保され、陸前高田には行けそう。東京消防庁の皆さん道の確保有難う。この近くまで焼けていました。

Dsc_1639

K漁労長自宅峠一つ手前の集落、神社に車が、この時の漁労長の心配は大変で、海の男が自分の心の中で最悪を想定していた。峠で車が止まったてので漁労長は飛び降り、知人を探して情報収集、安堵して車に戻った。

 兎に角津波の被害は、地震の被害とは別個の物、全て失っているのでパンツ一枚の救援が早急にに望まれる。被害のない自治体は即座に支援を、私も学舎にある寝袋や毛布を持って救援に行きたいが、ガソリンが民間人には手に入らないもどかしさが。

|

« 新人育成 | トップページ | 即座に救援の行動を »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

沼田さん持ち前の楽天性が高田の多くの方々に光を与えることでしょう。くれぐれもおからだ大切に、私どもでも何かできることがあればご連絡を!

投稿: | 2011年3月22日 (火) 11時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1244324/39258507

この記事へのトラックバック一覧です: 通電して最初のブログ:

« 新人育成 | トップページ | 即座に救援の行動を »