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2011年4月

義援金

 私を信頼してくれて私宛にふじみの国際交流センターの仲間達が義援金を振り込んでくれた。また、私が寝泊りしていた弥治郎こけしの直売所か傾き、鎌先温泉のすずきや旅館の女将の配慮で従業員寮に仮住まいしているので、カンパですとくれた人もある。しかし、私などはどうにでもなる人ですし、津波の被害を見れば義援金も出したくなる思いに駆られます。
 私は、山元町にボランティアに入っているので、この町に皆さんの義援金を渡す事にしました。それにしても、山元町の隣は新地町(福島県)ですが、ここもあまりメディアには登場しません。相馬市は隣ですし、南相馬はその隣、風の方向では新地にも原発の被害があるにも拘らず、小さな村町は忘れがちの存在です。

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46万の義援金が寄せられました。有難うございます。

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意味不明な救援物資

 多分行き違いなのかもれません。多分そうでしょう。天下の生協がそんな事はないと思います。
 膨大なコーヒーのろ紙が山元町の体育文化センター(支援物資の集積所)にあります。
 コーヒーを入れるのに、ろ紙を受けるプラスチックか陶器のカリタの用具がありません。コーヒー豆にいたっては一つもありません。この膨大なろ紙は何のために山元町に送られて来たのでしょうか。もらう身としては断れずにそのまま収納されましたが、生協の関係者がおりましたら何に使うのか教えてください。
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お酒は好いものだ

 三週目の災害ボランティアから帰ってきました。一週間程、孫の誕生で空けましたが、一部清掃にも入り込める状態になり、ボランティアセンターにも活気が出てきまた。地元の被害者だけどボランティアの高校生のT君は今日はいちご農家の片付けに行きますと話していた。
 中学生の救援物資センターにいる通称コナンは、私がふじみの国際交流センターであづかった救援物資のゲームを目ざとく見つけて、暇な時は興じていました。
 被災地にお酒をとひんしゅくの方も有ろうかと思いますが、あえてお酒の救援物資を山元町の消防団に。この呼びかけに楽酒の会の仲間や、そして仲間だが埼玉の進学校であるK高校の教頭をSさんは教員仲間にも呼びかけて、沢山のお酒が集まりました。Sさんは私の家まで届けてくれたのです。又、信濃の語りへをOさんからも頂いて、そんな真心の集まりは、山元町の消防団に。消防団長の伊藤由信さんは、気づかない所への気遣いの救援物資だと身体いっぱいに喜びを表していました。写真は有りませんがお気持ちを察してください。
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明日から山元町へ

 12日、鎌先温泉を出発した未明は雪がライトに反射した。
 今日、夕方帰ってみると桜は六分咲きである。明日、ふじみ野の仲間から頂いた支援物資と義捐金を持って山元町にボランティアに入る。
 今日、出掛けに産院によって孫の顔をじっと見た。この子が喋れるまでには復興の光明を見つけたいものだ。昼間は良く寝て夜中に起きて騒ぐらしい。娘に言った、「お前も宵っ張りで資料整理をするタイプだから似た者同志だと」私は、早起きしてまとめるタイプなので、省エネルギーに出来ている。
初孫の宮参りも被災地のボランティアを優先するのは、団塊の世代の性かもしれない。64歳まだまだ頑張りたい。

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来年は夜桜の花見をしたい。


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明日から山元町へ

 12日、鎌先温泉を出発した未明は雪がライトに反射した。
 今日、夕方帰ってみると桜は六分咲きである。明日、ふじみ野の仲間から頂いた支援物資と義捐金を持って山元町にボランティアに入る。
 今日、出掛けに産院によって孫の顔をじっと見た。この子が喋れるまでには復興の光明を見つけたいものだ。昼間は良く寝て夜中に起きて騒ぐらしい。娘に言った、「お前も宵っ張りで資料整理をするタイプだから似た者同志だと」私は、早起きしてまとめるタイプなので、省エネルギーに出来ている。
初孫の宮参りも被災地のボランティアを優先するのは、団塊の世代の性かもしれない。64歳まだまだ頑張りたい。

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来年は夜桜の花見をしたい。


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お酒も支援物資

 お酒の支援物資 ? と考える御仁もいるかもしれない、山元町の支援物資のセンターに届いたお酒は、料理酒を含めても皆無で、膨大な支援物資の中で焼酎の一升瓶が一本である。
 朝、山元町の消防団は七時半には各地から集まってくる、そして立ち入り禁止の被災地に死体の捜査等で散って行く、そして四時半に体を冷やして帰ってくる。焚き火に集まり体を温めて全員集合後解散する。それが毎日続く、私の知っている消防団の奴は酒が好きで、毎月の月初めの会合にはお酒が欠かさない。山元町の消防団に今は酒をと言っても断られるだろうが、ある時のけじめの時にと思い、酒の会の仲間に酒の支援をお願いした。
 酒の会の仲間、川越高校教頭のSさんからも職場の仲間を含めてお酒の支援が有った。
 この大変な時期にお酒など不謹慎とお考えの方は友達にはなりたく無い、毎日、被災地に入り死体の捜査、自衛隊の隊員にも分けしたいが、御免なさい、消防団だけにしてください。鈍感な私でも、被災地に入るとやめたタバコを吸いたくなる心境なのです。
 冷蔵庫の中にも酒が入っています。この他にもビールやワインそして氷結カクテルが。
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明日もコーラスの指導をしている、M夫人からもお酒支援の電話があった。私はそんな人々に支えられてボランティアに行けるのかも知れません。仲間は最大の財産です。

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仲間の応援に感謝

 東日本大震災に私の友人達は心を痛め、様々なメールを送ってきている。
新星交響楽団でチェロを弾いているT嬢も、生の音楽を私がボランティアで入っている山元町に仲間の演奏者と支援したいと、私のブログを見て支援物資を山元町に、連絡が悪くて最初に行った荷物は結果は対策本部に行ったが、体育文化センターにいる山元町職員のS君に受理しておくように伝えた。彼も、津波で家を流された被災者であるが、体育館の会議室に寝泊りして24時間休む日も無く震災の翌日から頑張っている。
 久しぶりに帰ってきた我が家のカタクリの花は既にしぼんでいた。西和賀町で劇団銅鑼の「カタクリの花咲く頃」の初演は感動したが、南蔵王も西和賀もカタクリの花はこれから、今年はその群落の花も見ることはなく、山元町でボランティアをしたい、気持ちよく花を見る機会の早い事を求めて、それでも花は心を癒してくれる。大井町公民館運営審議委員長で長野県阿智村出身の林さん(故人)から頂いた花梨も美しく咲いている。秋に特大の実をつけるがシロップ漬けにして、瓦礫撤去の埃まみれの喉のサポーターになってくれればと思う。
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新米爺ちゃん誕生

 桜の満開の時に結婚した娘が、桜の満開の季節に子どもを産んだ、私の初めての孫である。名前は湊、娘が私の名前の連続性を理解して命名した名前である。
岳から峰そして里へ、その川の流れは湊へと続く。末娘の佳保里に感謝したい。姉さんである亜香峰は結婚もせずに面倒見よく妹や祖母の為に働いている。
 妻から予定より早く出産するとのメールをもらったのは、北関東自動車道の栗田美術館に近い、出流原のパーキングエリアである。その名前に笑った。「ハラカラデル」と来週には安心して被災地の山元町に戻ります。この一週間でより一歩前進したことを祈って。
宮城県の湘南、山元町は帰る頃には桜が咲く事を祈って。消防団に酒の仲間から頂いたお酒を支援物資として持参したい。

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昨年の桜は何時もより早く咲いた。

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天然パーマは私に似たと、新米爺ちゃんはほくそ笑んでいる。

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頑張るヤンキー兄ちゃん

 兄ちゃん達は被災者である、漁民・農民であるが午後になると何処となくやって来る。遊んでいるようだが必要な時は必死に動いてくれる。また、本来は純で感激やでもある。不正に対してはめちゃくちゃに厳しい奴等でもある。町の事を必死に考えているが思うにならない事への苛立ちをも抱えている。
 山元町に通っている間は彼らと話す機会も多くなるので、何かを生み出せればとも考える。

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天童から来たコーヒーおじさんに感激して集合写真を

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天童から来たおじさんはスターバックの温かいコーヒー入れてくれた。心まで温まった。宮崎県庁から来た行政職員も温まっていた。

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支援物資から見えるもの

 宮城県亘理郡山元町、余り新聞紙上やテレビには出てこない、必然的に外部のボランティアは、応援の他県の行政職員を除くと私だけであった。当初予想したとおり、余り報道機関に登場しない町はボランティアも外部ボランティアもやって来ない。町も、外部のボランティアを受け入れる体制になっていない。例えば、二週間いましたが、町の中ではろくな食材が買えない、やっているのはコンビにだけ、二週間のボランティアに対する食事サービスは朝のおにぎり、昼のパンとジャムとお茶、夜のパンと缶コーヒーこれが二週間続いた。私は、多少なりの食材や炊事用具を持っていったので、どうにか対応が出来たが、野菜が無性に欲しくなる。ところが・・・・・地元では買えないのである。泪が出るほど嬉しかったのは、残ったいちご農家から届けられたいちご、これだけが唯一の新鮮な物、ボランティアは自分で食材を持ってくるからと、本部長(町長)の意見だとか。これでは、長期の泊りがけのボランティア支援は難しい。
 それでも、わたしは見届けたいと思っている。行政がどのような対応をするのか・・・・・・・・・・
 現在、支援物資のセンター(山元町文化体育センター)で活動している。私だけが車で寝泊り、後は通いなので自宅へ、中学生の地元のボランティア、東北大の学生や院生、そして、夕方からはヤンキーぽいが、とても好い奴が揃っている地元の青年(殆どが津波の被害者)、隣の柴田町の主婦グループなどなど、
 支援物資は時間とともにその要望内容が異なってくる、最初は毛布や寝袋、しかしいまやそれは飽和状態に、今後使われるのは仮設住宅ができた時の、がら付の毛布になる。あとは、支援物資だからといって賞味期限の切れた品物を提供するのは如何な物か、また、靴もがらが同じでも左右の寸法の違うもの、右だけの物、所謂不良品を在庫整理として支援物資にする神経を疑う。
 ある、クラブ生協から膨大なコーヒーフィルターが送られてきた、ろ紙を受ける物がない、コーヒーが無いサーバーが無い、フィルターだけを何するつもりで送ったのかはたまた疑問である。
 コーヒーといえば夕方、山形県天童市のおじさんが、コーヒーを被災地で飲んでもらいたいとやってきた。ヤンキー兄ちゃん達は痛く感心していた。
 ところで、このブログを見た人は、山元町体育文化センター(宮城県亘理郡山元町高瀬合戦原100-1℡0223-37-2919 沼田気付で支援物資として、カメの子たわし、金たわし、スポンジ、そして布団圧縮袋を送って頂くと有り難い、取分け布団圧縮袋は仮設住宅が出来るまで、支援物資としてきた、布団を収納しておきたい、布団は個人支援のためパッケージが・・・・できちっと収納したいと思っているのです。よろしくお願いします。できれば、消臭源みたいなものもあると嬉しい、ハンドジェルはたくさん有るのだが匂いを抑えるものが無い、支援物資センターでボランティアしている私が感じた欲しい支援物資である。
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賞味期限が・・・・・


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災害支援に山元町へ

 小さな市町村は災害復旧に立ち遅れると思って、山元町へ、確かにフットワークが鈍い、いい動きをしているなと思ったら外部支援の宝塚市社会福祉協議会の職員、彼は、私より前に帰ったが、帰りには相生市・神戸市の社協の職員が入り、事務的な不足分を補い始た事が会話の展開で直ぐにわかった。
 個人カードも無いので、日本キャンプ協会のT君にカードの発送をお願いした。神戸・中越に行って体験した職員強く頼りになる。帰る日になった時に、初めてボランティア保険の加入手続きを取り始めた。しかし、若手職員は見る見る内に変化し力強くなる。災難は彼等を育てているのかもしれない。これは、役場でも社協でもいえることだ。
その意味で今回は自衛隊員の現場責任者と意識がツーカーになった。何が仕事として必要かが見えている。行政へのイライラは自衛隊のS氏によって拭い去られているように思う。
 来週の火曜日から再度、山元町に入る、22日から新学期が始まる、埼玉大学から自転車が届けられる。罹災した中学生の通学に役立てればと思う。今、物資、取分け衣料の古いものは必要としなくなった。本来は、必要な人もいるのだが、それを捌く方法はあるのだが、罹災証明書を直ぐに発行できるか否かで決まってくる。時間が経てば、この中古の衣料は阪神でも同じく焼却処分をしなければならないかもしれない。
 中には、迷惑支援物資もある、賞味期限の切れた、味が東北人には合わないカップ麺など、とくちパクチ味など。
 今回の支援は長期戦になります。夏休みに入って大学生のボランティアが増えて、復旧の見通しが望めるようにしたいものです。

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常磐線坂元駅前

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坂元駅前通り

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防風林もなくなり、いちご畑は砂浜に

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常磐線山下駅前の踏切から山下駅を望む

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山下駅前、駅が防波堤になって家が少し残った、

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xet@ed5yi

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