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2011年6月

晴耕雨読

 一週間も降られるといささか気がめいる。色々と雨でもやる事があったので、それなりに日を送ったが、今朝は、晴れ間が少し見えたので、バジルの植え替えや高原豆の植え替え、トマトの花にホルモン剤を降りかけた所で又雨が降り出した。ここの所、ブックオフにも行かないので読むべき本が無い、年金生活者になってからはブックオフと図書館を利用しているが、白石市の図書館の山本一力の本は総て読んでしまった。藤沢周平を読みたいと思ったが、図書館の書棚に有る物は全て読んでしまったもの、読みたい題名を検索したらない、司書に題名を言って藤沢周平全集から探してもらい持ち帰ってきた。
 鶏はこの頃、一日三個しか産まなかったが、雨でどじ込めた為か、鶏小屋を見たら七個も産んでいた。
明日は、晴れるとの予報もあるので、月山の麓のこけし工人志田君のところへ行って、Tの結婚の記念こけしを頼みに行きながら、初孫の誕生こけしの出来の良さに日本酒を届けたいと思っている。朝方そんな事を考えていたら、Tから結婚届を出してきましたとの連絡とKちゃんのお礼の言葉があった。Tは一度失敗しているが、Kちゃんは中々いい子なので、Tの足を引っ張るような事はないものと確信している。
 KちゃんがTと一緒に来たならば、Kちゃんの母親が眠っている石巻を案内したい、墓は今度の地震と津波でやられてしまったが、結婚前になくなったお父さんはお母さんと一緒になりたいのだろうとkちゃんは話していた。両親を亡くした彼女にTの母親は優しくしてくれる、そんな絆のある人だと私は思っている。
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山羊を小屋から外に繋いだが、この後直ぐに雨、又小屋へ逆戻り


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蔵王が見えないの寂しい、蜂も飛びたいだろうに


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父の日のプレゼント

 父の日のプレゼントに何が好いのか聞かれて、昔、道後温泉の向かい側にある千円ショップで買った財布が布ガムテープで補修して使っていた。だいたい金の溜まる人相はしていないが、兎に角風水上、金の溜まりそうな黄色の財布を買った。ついでに、招き猫の刺繍をしていたのか、財布を良くなくしたり、ある時は盗まれたりしたが、その財布はそのようなこともなく、ガムテープで補修するまで使っていたので、財布を頼んだ。
 新しい財布は、ユニオンジャックのエンブレムがついている。色は黄色である。イギリスは日本と同じく国家財政が破綻に近い、そこで、仙台四郎の人形の前に一日置いてから使用したいと思う。
 父の日のプレゼントに出資した兄妹二人の名前が書いてあった。出資していない末の妹はメールで初孫の写真を当日送ってきた。
 これは、婚期の遅い二人の兄妹には出来ない伝家の宝刀のプレゼントである。

「DSC_1900.JPG」をダウンロード

 写真が上手く入らない、この黄色の花が学舎の敷地全面に咲いている。夕方になると花は閉じる。

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農家の鶏的

 昔の農家には、庭先で土を啄ばんでいる鶏をよく見た。小屋は、庭に面した縁側の下で、夕方になると自然とその中に入る。
 学舎の鶏も夕方になるとちゃんと小屋に入る。私が心配なのは、今、猫の陸奥と縄張り争いを強いいる、野良猫のトラである。私の顔を見ると直ぐ逃げるが、鳴き声を上げて自分を誇示する。こいつは、この一ヶ月、学舎を根城にしているが餌は何も無い、鶏を捕らえる事も考えるので、一寸、この頃の無防備な鶏は心配である。
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貴重な蜂蜜

 アカシアを絞った後、鷹巣にある養育用の蜂で「柿の蜜を溜めてあるのがいるので絞って」と昇さん。学舎で昼食を昇さんと初ちゃんは恒例の昼寝。私は荷物の整理、昼寝後、鷹巣の昇さんの自宅へ、私が巣脾を遠心分離機にかけると柿の蜜ではない、ピンク色の掛かった蜜、ピンときたのは、私の養蜂の教科書、角田公次著「ハチミツ」(農文協)にあった野バラのハチミツ、アカシアの花が散ってその後、絞った蜜がピンク色、その時はその蜜源が何か解らなかったが、14年後その蜜源が野バラであることを発見、、野バラはめったに蜜を出す事はなく、忘れた頃に蜜を吹くらしい。昇さんと初ちゃんは味見、生産者の特権で我々に一本づつボーナスをという事で、渡したが、昇さんの所でティータイムの時、昇さんは続けざまに口の中へ、今迄こんな美味しい蜂蜜を舐めた事がないとのこと。、夜に電話があって何処にも出さずに保管をしておいたらの事、私は、一部は大口オーナーや学舎にカンパしてくれた人へと言う事で、数少ない貴重な蜂蜜を渡したいと思っています。私はまだ舐めていません。
昇さんの奥さん曰く「皇室の人しか舐められないかもね」それ程、美味の貴重な蜂蜜のようだ。
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 バックは野バラ、こんな色の蜂蜜は見た事がない。

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餌を与える

 学舎で飼っている生き物、蜜蜂、山羊、虹鱒、鶏、猫、そして犬の「政宗」がいたが、これは養子に出ました。餌代の負担は恵子さん、散歩は美奈雄さん、住いは英雄さんの工房。立派な犬小屋は惠子さんがプレゼント。私は玉によって「政宗」と声をかける。尻尾は振るが近付かない、しかし絶対に私に向っては吠えない。犬は恩義を忘れない。それに比べると猫は別物である。しかし、学舎に住むようになってからは、猫の陸奥は私を見て逃げなくなりつつある。この人が餌をくれる人だと認識しつつある。しかし、文夫ちゃんには陸奥の方から近づいてくる。私には何時の時にそのようになるのか。鶏は餌を与えると青菜にしても穀物餌にしても近づいてくる。鶏は自分の餌代をかせぐ、郵便局の祥子が10個150円で購入、一週間に300円、一ヶ月1200円から1500円稼ぐ、牡蠣がら等を除く最低の餌代は稼ぐ、私にも毎日一個の卵を提供してくれるから、親係の学生よりは自立している。虹鱒等の魚にはこの一ヶ月餌を与え始めた、時間が来ると警戒の強い魚だが近付き始めてくる。こいつは、夏休みに子ども達がキャンプに来たときの釣りの楽しみと魚料理の材料になる。山羊は金がかかる餌としては、冬場は干草を与えるが、干草は三個で充分足りる。なお且つ、干草を糞と小便で野菜の肥料を作ってくれるし、私を日常的に最も癒してくれる存在です。蜜蜂に関しては、私は封建領主見たいなもので搾取するたけで、せいぜい蜜の無い時に砂糖液を与えるのが関の山で、全く世話になっている。但し、時々、私の取り扱いが悪いと、蜂の一刺しを頂く、昨日も取り扱いが悪く手の甲をちくりと刺された。文句の言えない間柄なのです。

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蜜蜂は、不忘地区のアカシアの蜜を集めています。ご苦労様です。

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草刈デー

 三年前に出会ったときは異様な感じがした。五木寛之のサンカ小説「風の王国」をイメージした。突然として或る日、学舎前の県道254号線に国宝大崎八幡宮の黒い籏が沿道になびいた。仮設トイレも出来て、何の集会がこんな山の中でと思った。車を案内する人間も黒い半被を着ている。
 昨日、不忘の蜂の見回りに行った時、黒い旗が立ち並び仮設トイレも出来ている。今回は良く観察すべくその中心で車を止めて看板を見た。看板には趣旨説明が書いてある。大崎八幡宮の立替や修繕のためのに100年先を見通して植林を行い、ボランティアや氏子が下草を刈る日が六月の第二日曜日なのである。私個人として神社が百年を見通して森を作ることに諸手を挙げて賛成である。また、大崎八幡宮は戌齢と亥齢の守護神なので手伝いたいが、同じ日は学舎がある八宮の農業生産組合の土手の草刈の日でもある。私も微力ながら草刈には参加しなければ、私は一人で学舎の周りの草刈をしたが人海戦術はすごい物で、山羊の雪がいる学舎の隣の敷地は上から土手を刈り下りてきた大網の全組合員が私を含めて瞬く間に刈り上げてしまった。初ちゃんも徳ちゃんも冨吉さんも私に声を掛けながら草原を丸裸にした。
 ふと思った。福島県の西舘村は良い村づくりをしていたのに、東電の原発で村外に退去しなければならない、どれ程の思いか村長の顔を見ると胸が焼きつく思いがする。
 可能ならば、我々団塊の世代は30年後に症状が出ても早ければ棺箱の中、若い世代でこの村に住みついた人の自宅の草刈をしてあげたい。何年も使わなければ高温多湿の日本の風土では廃屋になってしまう。若い人はいい、我等団塊の世代が立ち上がって家を守ってあげたい。

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森の下草刈りに集まったボランティアや大崎八幡宮の氏子達の車

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 学舎の上の土手の草を刈る大網の組合員

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菜の花が好き

 蜂の群数が限定されているので一番効率のよい配置をしているが、今回、養育用の蜂を学舎に配置した。必然的に私が日常の管理をしなければならない。
 不忘地区に置いてある養蜂箱は、私が管理といっても、朝夕に熊対策の為に置いたトランジスターラジオのスイッチのオンオフを行っているだけで、外観は見るものの、箱の中までは点検していない。
 学舎に置いた養蜂箱の蜂達は何処に飛んでいっているのか、クローバーもエゴノキもミズキの花もそして一キロ離れているが新たに発見したアカシアも花盛りであるが、どこにも蜂が群がっていない、昨年秋に蜂のために撒いた菜の花が終わりかけの花を咲かせているが、その花に群れ飛んでいる。蜂は菜の花がよほど好きなのだろう。
 リョウブノ木が学舎の近くにあるが、まだ花が咲いていない、これは蜜を吹く時はやたらに吹くが、忘れた年に吹くと養蜂の入門書に書いているが、兎に角この蜂からは蜜を採らないので、冬を迎えるまでに強群にしておきたい、願わくば分封をしたいと欲張った考をしているが、この働き蜂の数だけではまだ早い、今日も雨上がりに点検して、二つの王台をつぶしました、もしも分封したら弱小軍団になってしまう恐れがあります。
弱小軍団は楽天だけでいい、それにしてもサッカーのベガルタは想定外に頑張っている。想定外の東北の震災には誰でもが想定外の発想と活動能力が必要なのかもしれません。

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 昨年植木鉢から三住に移したテッセンは想定外に美しく咲いています。何せ、私は秋に枯れたと思って、テッセンの蔓をむしりとって止められた人ですから。テッセンも想定外の人に養育されたと思っているかもしれません。


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蜂の転地

 芹沢地区に置いた蜂蜜はアカシアが終り始めたので不忘地区に移動をする。金曜日を予定していたが、昇さん夫婦が水曜日に野菜と苗を持って学舎に来た時、、不忘地区を見て明日にでも移動という事になった。陽が沈んでから芹沢の養蜂箱の巣門を閉めに、蜂が養蜂箱に入りきらないと移動の時、刺されるかもしれないので煙霧器で煙をかけながら、しかし中には飛び上がるものもいて随分と時間がかかった。11号の養蜂箱は蜂蜜よりも養生が中心なので、そのまま夜のうちに学舎に持参し設置した。
 それ以外の3/4/5号箱は、今朝4時30分に芹沢地区に集まり車に載せたが、蜜を絞った後にも拘らず一人では持つ事のできない重量があった。
 昇さんと初ちゃんは鎌先温泉コースで不忘に、私は大網コースで不忘に、鎌先コースは地震以来、湯川沿いの道路に歪があるので、あえて私大網コースを通った、大網コースはアスファルトの舗装は悪いが道路に歪がないので車の養蜂箱への振動が少ないと思った。結果は距離的にも短く私の方が先に到着した。
 カッコウの声を聞きながら養蜂箱を設置する、高原の早朝は心がいるだけで癒される思いである。三十分後に巣門を開け解散した。わたしは、熊対策があるので引き返して電牧のソーラーバッテリーと草刈機を持参し、電牧の下を漏電しないように再度草刈を行いアースを設置やソーラーバッテリーの配線等をして設置、テスターで計ると中々強い電気が流れている事を確認、熊の嫌いなトランジスターラジオを設置した。馴れれば多分段取り良く作業行動が取れるのだろうが、初心者としては良い事にして学舎に戻り、亘理町のボランティアセンター長に頼まれたボランティア派遣の連絡を取り仮眠を取った。

定点写真と今日の雪ちゃん

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軽トラックのむこうの林は、不忘地区のアカシアの林です。今年は花芽が出ています。

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明日は晴耕

 京都の大学時代の友人に頼んだ京野菜の辛くない唐辛子の苗が揃ったので、明日は畑仕事をしようと考えているが、わたしが畑仕事をすると必ずといって雨が降る。日程としては芹沢地区にある養蜂箱の巣門を閉めるのが木曜日の夜、そして、養蜂箱を不忘地区に移動するのが金曜日、少なくとも今週は雨が降ってもらいたくないので延長しようかと考えている。
 不忘地区は熊も出るので、電気柵を設置し通電させるにも晴れてもらいたいとの思いもある。
 又、ベランダ野菜でバジルを作った末娘に刺激され、今回バジルの種を撒いたがそれも芽が出始めている。定植するにはいま少し間がかかるが、この夏には新鮮なバジルを使ったパスタが楽しめそうだ。今年は、野菜作りが上手く行きそうだ。昇さん夫婦が野菜を持って訪ねてきてくれたが、トマトは順調に育っているねと奥さんから誉められた。茄子が今一良くない、文夫ちゃんのためにも美味しいナスを作ってあげたいのだが、素人百姓は中々上手くいかない。
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京野菜の苗たち、数多く植えれ‘上手くいく奴もあるかも、色んな場所に植えて結果を見たい。

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バジルが芽を出し始めた、生も好いが、乾燥バジルも作りたい。

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水源の確保

 防災上の観点から水道に頼らない水の確保は必要な事で、今回は鎌先地区の水源の確保の第一弾として元焼き石膏を生産していた工場跡地にある井戸にターゲットを絞った。
 井戸水は、その水源に汚水を発生する場所があることは好ましくない。牧場や養豚場、人家もその一つといえる。ところがこの水源はの周り、所謂この水源となる地域にはこれら悪しき条件がない。しかし、この井戸は三十年近く使用していない、水が腐っていると思ったが、水の腐臭はしない、井戸さらい的に汲み上げた、
水深は七メートル五十(センチ半日仕事になったが、現在でも推測であるが毎分40リットル以上の水が湧き出している。何度か定期的に汲み出して防火用水として被災時の生活用水として使えるようにしたいものです。
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隆ちゃんは頼れる自治会長である。

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 学舎に転居してから早起きになった。午前五時には作業を開始している。必然的に夜も早く寝てしまう。エコ名生活の実践といえる。女房から電話があったことも気がつくことなく爆睡していた。
 今朝は久しぶりに晴れたので定点写真を撮影してから蕗を採り湯がいて筋を取り終えたのは、NHKの朝ドラ「おひさま」と同時であった。
 何せ今年は震災ボランティアで大好きなこごみを食べそこね、それ以前にオオタマ教授の大好きな蕗の薹を届ける事もできなかった。そして、女房にもタラの芽を持参する事もなかった。唯一食べた山菜は昇ちゃんの奥さんから頂いたワラビとウルイだけである。
 昨日、草刈をして蕗をばたばたと刈ってしまったが、熊さん警部と久しぶりに酒を飲む事になったので、酒のつまみに蕗の煮つけをとふと思ったのである。いつも熊警部宅で酒を飲むときは、彼の奥さんが新鮮な魚を用意してくれるのだが、今年は三陸からの美味しい魚望めないのでとの思いも働いた。早く復興して美味しい三陸の魚介類と徳島県池田の三芳菊を飲みたい。残念ながら、宮城にはこれに勝る酒がない。
 私は酒だけは妥協しない性格で、飲み屋に行くにも自分の好きな酒を持ち込み料を取られても持参する。

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定点写真 一気に夏めいた南蔵王の山容

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苦労せずにすぱすぱと蕗は採れます

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食べきれないほど、今晩の酒のつまみは蕗の煮付け

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水槽の鱒の餌を与える事も日課となった。餌は猫餌から犬餌になった。10キロ入りがあるので

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鶏の話

 下村湖人は、私の高校のPTA会長だった事があると国語の教師に聞いた事がある。我々が学校の帰りに小腹がすいて立ち寄った牛乳とパンを売る店の何軒か先に下村と書いた表札を見たことがある。あの百人町の店も店じまいをしたと思うが、下村湖人が著した「次郎物語」に父親が養鶏をやる話がある。
 学舎でも私の食を豊にするために名古屋コーチンを飼っている。卵を食べるにしても肉を食べるにしても世代交代が必要だが、卵を抱えたものの雛のなく声が聞こえない、もうそろそ生まれて良い頃だと思うのだが、今日、鶏が囲いの中から自主的に出ている姿を佐川急便のお姉さんに教えてもらった。草を食べ土を掘り起こしてくれるので歓迎だが、卵を草原に産んでしまう危険もある。しかし、夕方には二個の卵を鳥小屋からゲットした、鶏も夕方には自主的にゲージの中に入ってきたのを見て、家に寄り着かない私に比べると鶏はマイホーム主義である。早く雛の声が聞きたいよ、小母さん鳥も早く卵を温める作業から開放されたいだろうに、見ていると同じ鶏が卵を温めているように思える。
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温めている卵が見えます。

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 この囲いの中から外に出ていたのです。

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 遠くに白く見えるのは山羊の雪です。


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早一年

 前立腺肥大の手術から一年が経過しようとしている。ふと気がついたのはトマトの苗からで、山羊の「雪」に食われてしまい、新たにミニトマトの苗を植え順調に育っている。昨年は野菜の総てが退院していた時には総てがお釈迦になっていた。
ジャガイモは土寄せをすることなく入院してしまい、収穫は果てしなくゼロに近く、キャンプに来た子どもに、この辺にジャガイモを植えたので掘ってごらんとスコップを渡したが、、今年はあちこちにジャガイモの葉が出ているから、去年の残骸に違いない。小さなジャガイモを空揚げして食べるのを楽しみにしています。
 トマトに屋根を懸けた。多分今年の夏は美味しいトマトが収穫できるに違いない。沢山取れたら<、長野県の望月のM婆ちゃんに教わったトマトジャムを作り冷凍保存するのも良いだろう。台風2号の後、やたらと寒い、折角、アカシアが咲いているのだから蜜を吹く陽気になってもらいたい。
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