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2011年7月

リョウブの蜜

 学舎のリョウブの花は満開である。山に花のない時期に咲く貴重な蜜源の植物であるが、農文協の新特産シリーズ「ミツバチ」角田公次著によると=ほとんど蜜の取れない年がつづき、五年また十年に一回ドカッと蜜を出す。=と記してある。
 ところが、学舎の蜂たちは今まで集めてきた蜜を蜜蓋を食い破って餌としている。ところが、不忘地区に置いた蜂箱の蜂たちは蜜をどんどん集めている。考えられるのはリョウブの蜜を集めているとしか思われない。学舎からは高度差で100メートル、直線距離で4キロの地点にある不忘地区のリョウブは蜜を出しているのだろうか?不忘地区の蜂からは、7月13日に栗の蜜を採取した。リョウブの蜜が取れなけれ‘栗蜜を給餌しようと考えていたが、見事に裏切られた。大網地区・鷹巣地区の蜂たちは栗蜜を食い破って秋の花を待っている。
 誠に蜂の世界は不思議な世界である。

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 これは学舎にあるリョウブの花

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只今、市議会選挙中

 震災の影響で、三月二実施予定の白石の市議会選挙が行われている。埼玉でも知事選が行われているのであろう。
 市議会選挙には、こけし工人の佐藤英雄さんが立候補している。彼は、中学を卒業して東京へ集団就職、そして結婚をしてそれから後にユーターンして弥治郎系の佐藤辰雄工人に弟子入りした。無給のこけし工人の弟子を支えたのは焼き鳥屋をして頑張った奥さんである。ここにも糟糠の妻がいる。
 英雄ちゃんを支えているのは中学時代の同級生を中心とした仲間である。彼が中学時代嫌われ者だったらこんなに仲間が集まるはずは無い、中学校しか出ていない彼が、今は議長になっている。それも珍しく二期もやっている。何処でもそうだが、議長になりたいと思うのは議員の性らしく、私が仕事をしていた市でも、議長が一年交代で変る。端的に言えば、議長の玉でもないのに保守系の仲間のたらいまわしで議長にさせてもらう、考えれば地方議会の崩壊の何者でも無い。市長・県知事の言いなりの議会が日本には圧倒的に多いのではないだろうか。それでは絶対に地方の時代は訪れないし、地域主権は単なるお題目といわざるを得ない。
 原発の事故もそんな背景に潜んでいて、声高に原発を誘致した保守系議員は懺悔もせずにのうのうとしている、そんな議員達を選んだ側にも自己責任がないわけではない。英雄ちゃんはバリバリの自民党、保守本流である。彼がボス的な振る舞いをする人間だったらこんなに仲良くはしないだろう。彼は度胸がないが気さくで人を騙すより騙されるタイプの人間であるからこそ付き合っている。白石市の市議会の定数は今度又減員して、18名である。誰が落選しても不思議では無い、人のために頑張れる彼に、自民党は嫌いだけれど頑張って当選をしてもらいたい。
 学舎、人里から離れているので選挙カーは余り通らないが、遠くで拡声器の音が聞こえます。

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うぐいす嬢(おばさんかな)も、女性のこけし工人達である。


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学舎にはねじ花(文字摺草)が一面に咲いている。

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ここにも山羊が

 ボーイスカウトの仲間に英三郎君がいる。かれは、大学時代に内戦で荒れ果てたモザンビークを立て直すためのNGOのメンバーとしてこの地に入った。
 彼は、モザンビークの都市部と農村部を比較した時に、貧しいけれども農村部の生き生きとした生活観に感動し、貧しいが生き生きとした生活をと考え、F1に支配された種でなく、その地が持っていた素晴らしい種を販売できればと考え、今の仕事を始めた。
 今、彼は日高市の高麗神社の近くに奥さんと二歳のお子さんと住んでいる。彼を訪ねて、今年の秋に撒くレンゲの種を頼んだ。中学時代の小さな彼(同年代のスカウトの中で一番小さかった)しか知らなかったが、様々な経験は彼を逞しくさせた。多分街中で遭ったら判らずに過ぎ去ってしまうに違いない。
 彼から、外交辞令でもボーイスカウ大井団トの活動は、色々な意味で役立ったと誉められたが、自分の生き方を確立する能力は個人の力である。彼は地域のコミュニティーの振興のためにも様々なイベントを開催し努力している。彼がそのフィールドにしている場所に案内してくれたが、そこに山羊がおり、キャンプ場的雰囲気を持った場所でもあった。そんな彼の生き方に拍手を送りたい。

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この木、何の木が判りました。

 この木は、ミズキとは思っていたのですが、ミズキは既に花が終っているので?
 枝を折って木に詳しいこけしの工人に、このミズキはこけしを挽くのには使わないが間違って入荷する事が、このあたりでは、カタイチゴというらしい。取っ掛かりが出来たので調べてみると、これはどうやら「クマノミズキ」らしい事が判明した。ミズキや同じ仲間のハナミズキ・山法師など蜂が喜んで取り付く。明日から暫く留守にするので、養蜂箱の点検を行ったが、大分この蜜を集めているようで巣脾が重たかった。
 心配なので王台を切り取り、かつ、オス蜂の巣も切り取った。この木はこの近くに大分あるのでここ暫くは蜜集めに苦労しないだろうし、間もなくリョウブの花も咲きそうである。蜜を吹くかどうか判らないが、その意味で、昨年こぼれた秋蕎麦の種が白い花を畑一面に咲かせている。もったいないようだが、この蕎麦は収穫の対象としていない。麦の収穫の後実もならないうちにトラクターで畑に敷き込まれてしまう。
 先週は妻を中尊寺に案内したが、温泉に関する趣味は妻とは真逆で、夏油温泉に連れて行ったが、不評であった。本来は、花巻温泉郷の志度平温泉に行く予定であったが、震災で従業員を一方的に首にしたホテルには私の心根として泊りたくなかった。

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毛越寺、世界遺産になってもまだそれ程には混んでいない。前回、中尊寺に来たのは平成十二年の秘仏の公開の時であった。

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人相は悪いが、浄土思想に・・・・恒久の平和を願う気持ちは同じである。


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この木、何の木

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 南蔵王の残雪が全て消え、学舎の近くでは山栗の花が咲いているが、同時期に白い小花を咲かせる木がある。栗の蜜は人様が舐めるには遠慮したい蜜なので、この時期は蜂たちの夏場の蜜源がない時期の貴重な食糧にもなる。しかし、学舎の近くにもあるがこの白い小花の咲く樹木にも蜂が寄ってきている。そこで、この木は何の帰途調べたいが樹木の図鑑がないので、わかる人がおりましたら教えてください。
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野良猫

 一月前頃から野良猫が学舎に居ついた。餌になるものは何もないが、いざとなれば鶏も、この頃、鶏はゲージをあけておけば学舎のありとあらゆる場所でうろうろしている。
 野良猫は私の顔を見ると学舎の土管に逃げ込む、夜中に陸奥の余った餌を食べて、陸奥と喧嘩する声が階下から聞こえるのがしばしばであった。どうにか餌付けをしてからと考えていたが私には近付かない、ところが、陸奥の餌も余るほどあげなくなると餌の横取りもままならなくなった。この兵糧攻めで遂に野良猫はギブアップ、餌の袋を表示するとあちらから近づいて来た、今は陸奥以上に飼い猫状態で私に擦り寄ってくる。この頃は、陸奥も嫉妬心を抱き始めたのか、私にもなつき始めてきた。
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やせ細って見てくれがよくない。私にまつわりつくのでシャンプーを試みたい。

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晴れたので

 梅雨の晴れ間、午前4時半に起床、『そうだ、志田君の誕生こけしの出来上がりがよかったので日本酒を届けよう』月山と朝日連峰に挿まれた西川町大井沢の集落へ。ところが、志田君は私が到着する10分前に登山道の倒木の伐採に出かけた後であった。志田君は朝日連峰の四箇所の無人の山荘の管理をしている。(日暮沢・竜門・狐穴・天狗小屋)である。
 志田君の家に着いたとき、志田君の母親が私が津波で死んだと勘違いしていたのか、「生きててよかった」と大感激、多分前に尋ねた時に多賀城の中学生の体験学習とかち合って、なめこの分類を手伝った事で、宮城→多賀城の近辺→津波→死亡と思ったのだろう。
 志田君がいないので、お母さんが気の毒がって彼女はわらび取りに私を誘った。無論、私の篭には大量のわらび、一部は持ち帰り、一部は塩漬けにしておくから、又きたときに渡すと言って桶のなかに。ワラビ採りがが順調なので、彼女の案内で女人禁制の湯殿山に向い、途中の杉の袂で亡くなった老婆を偲んで作られた石造を見せたいとさらに山奥に、「この前来たときは恨めしそうな顔をしていたが、今回は笑っているようだ」、あなたの人徳だと誉めてもらったが、むしろ彼女の信仰心の表れであろうと思う。その後、志田君が登ったであろう日暮沢の小屋にお母さんと、小屋の立派さに驚いた。一泊管理寮として1500円ポストに入れるようになっているが、この小屋の立派さは私の想像を超えていた、こんな立派な無人小屋を見た事がない、朝日連峰はソフトバンク以外は携帯が通じると小屋の看板に掲載されていたので、志田君の家に帰りお母さんのなめこ汁で昼食、食後、電話をしたら「今すぐ帰るから」と、瞬く間に帰ってきた。小屋の立派さを話したら、管理している小屋は全て新しいとの事、皆さん、朝日連峰は安心して登山が出来る山ですよ、私の住んでいる宮城の山に比べれば登山道も整備されているし、中高年の登山者に呼びかけたいと思います。

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老婆の石造、笑っていますか、それとも鬼の形相ですか

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日暮沢の小屋、積雪期も梯子を使え‘、二階ないしは三階の入口から入れる、優れた無人小屋である。

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